小川先生。

よりジャンルレスに。フマジメライター。好きなものは小学生レベルの下ネタ。塾の講師や起業系サロンのスタッフで身に着けたスキルは、「シンプルでわかりやすい」「シンプルすぎて雑に感じる」「面白い」「まじめにやれ」と賛否両論である。

塾の講師が考える「なんで勉強するのか?」

 

 

小川です。

 

塾の講師をやって3年くらいになります。

 

3年もやると、だんだんと今の子供が考えていることがつかめてきます。

 

 

その中でもバツグンに多いのが「なんで勉強しなきゃいけないの?」という声。

 

「二次関数とか、社会にでても使わないじゃん!やる必要あるの!!?」とすごく言われるんです。

 

その問いに対して、たいていどう返すかというと、

「こういう職業」と答えます。揚げ足とりの好きなクソガキ体質の講師です。

 

ただ、僕自身もその疑問にぶつかったことがあって、やる価値のないものをやる、という苦痛はめちゃめちゃ感じたことがあります。

 

塾の講師をやってきたことで、かなりまとまってきた答えがあるので、「なんで勉強するのか」に対して書き綴ってみようと思います。

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もくじ

  1. なんで勉強するのか?は多くの学生が抱えている。
  2. 答えは「ない」が、それで納得させてはいけない。
  3. 答えは「ある」が、それを押し付けてはいけない。
  4. 勉強する動機なんてなんでもいい。やったものが勝者。

 

なんで勉強するの?は多くの学生が抱えている。

大学生にもなれば、なんとなく「この知識を使って働くんだな」という想像は容易だが、中学生・高校生の学習内容は、残念ながら社会で使うことはほとんどないです。

 

だったらしなくてもいい、というのはごもっとも。

だけど僕は、その社会で使わない知識なしで、社会で生きることはまず無理だと思ってます。

 

とても厳しめに言ってしまうと、「10代半ばが理解できる程度の知識で社会が成り立っているわけがない」。

 

10代半ばでは理解できないことなんて、たくさんあります。

自分の今持っている才能・知識程度で社会の一員になれると思ったら大間違いだ。

 

だから勉強しようぜってことです。

 

僕はそう思ってます。

 

ただ、あくまでそれは「塾の講師を経験した、新卒ギリギリの自分」の考えなので、これで現役の中高生が納得してくれると思ってないです。

 

なので、これから"そいつら"が納得するような説明をしたいと思います。

 

答えは「ない」が、それで納得してはいけない。

 

残念ながら、君たち中高生が二次関数や化学反応式を勉強する理由なんてどこにもありません。なので勉強しなくていいよ。

 

例えば、ボールがあるとする。

このボールはいろんな使い方がある。

 

投げる、蹴る、握る、転がす、バットで打つ・ゴルフクラブで打つ・割る…様々な選択肢がある。

 

 

同様に勉強する理由も、たくさんある。

 

 友人や彼氏・彼女と同じ高校・大学に行くため

 将来、理想的なキャリアライフのために。

 海外留学したいから。

 どうしても親にそう言われている。

 塾の先生にやれと言われているから。

 大学院に行って修士号を所得するため。

 表現力・想像力を鍛えるため。

 勉強することが人間の使命だから。

 楽しいから。

 幸せになるため。

 

キリがない。

 

 

厚切りジェイソンはこう答えている。

 

"今まで人類が発見してきたこと、発明してきたことを知るため。

そうしないと、世代毎に知恵がリセットされてしまい、人類が進化していかない。

勉強することによって、スタートラインを先に引いてさらに一歩前にすすめる。

 

(勉強を)したくないのなら、しなくたっていいよ。ただし、勉強した人と比べたら、負けているよ。なぜなら人類のすべて(の知識)を持っている人と差が出るから。

教科書に載っていることは、人類の知的財産のなかでも選りすぐりの「知っておいたほうがいいよ」ということ。

ゼロから始めなければいけないのか、すでに知識がある状態で始めるのかでは、進化のスピードに圧倒的な差がつく。

学んでおいて損はないと思うよ。"

 

引用 

「何で勉強するの?」に厚切りジェイソンの答え「しなくてもいいけれど」 – grape [グレイプ]

 

 

どれも理由としてしっかりと、成立しています。

 

だから「ない」と思っている人は、「ない」が理由です。

 

探しても見つからないんだろう?もはや探すことすら馬鹿馬鹿しく感じてきているんだろう?もう苦しくてしょうがないんだろう?

 

だったら、部屋に籠って、パズドラでもやってればいいさ。

 

理由がないことをやるのは確かに苦痛で、馬鹿馬鹿しい。

理由が見つけられないなら、それが最善だと思う。

 

答えは「ある」が、それを押し付けてはいけない。

 

先ほど挙げたものはどれも正当化される理由に値しています。

なので、どんな理由も否定できないと思ってます。

 

同時に、僕には誰かを否定する勇気はないので、みんな違ってみんないい、ってなっちゃうんですよね。僕はこの勇気がなくてなんでも肯定するイエスマンを勝手に『金子みすゞ症候群』と呼んでいます。

 

ま、立場上否定できないというのも多少ありますが。

 

 

勉強する動機なんてなんでもいい。やったものが勝者。

 

塾の講師という、教育者の端くれの観点から考えると、これに尽きます。

 

勉強する理由が「ない」学生でもしっかり勉強している人もいれば、そうでない人もいます。

 

そのへんは、素直にこちら側の言うことを聴けるかどうか、という性格的なものが関わってきますが。

 

ということで、もし「なんで勉強しなきゃいけないのか!?」という理由に、近くの人間がぶち当たったら、「自分で探せ」と見放してあげるのがベストだと思ってます。

 

こっちがどれだけ説こうが、納得してくれないのであれば、また同じ理由にぶちあたるし。

もし「ない!!!」と結論づいてしまったら、いったん勉強をやめればいいと思います。

 

やめることで見える答えもあったりするので。

 

では、こんなもんで失礼します。